そして二人は炎の中で・・・

原作・かんなづき ゆう
作・龍騎のしっぽ

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「前回、君に報告してもらった調査内容だが・・・。」
黒ずくめの男が、灰色の髪の少女に言った。
「何か問題でも?」
「いや、そういう訳ではないが、少々気になる点がある。」
先日、少女はある格闘大会の内部調査を行った。
その時彼女は、クラスメイトにそっくりな謎のロボットの存在を確認した。
「君が見たというロボットの件だが、君から送られたロボットの資料と、我々が保管している古い資料を照らし合わせてみたところ、かなりの数の共通項が見受けられた。」
「古い資料・・・、それは何時頃の年代のものですか?」
「今から大体500年程前の資料だ。物はロボットの設計図だが、当時の技術でそれを再現する術はなく、そのまま蔵入りとなったらしい。」
『500年前のロボット・・・、どうしてそれが彼女の姿を・・・。』

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今から凡そ500年前。
時は下剋上の戦乱の世。
そしてここは、木々が生い茂り昼間でも薄暗い山の奥であった。
既に陽は落ちており、辺りは漆黒の闇がどこまでも続いていた。
一つ、二つ、三つ・・・。
ゆらゆらと揺れ動く明かりが、幾つか現れた。
それは人の火の明かり、松明の輝きだった。
「そっちに行ったぞ!」
一人の男が叫んだ。
その声に呼応して、闇の中を幾つもの火が駆けていく。
男達は何かを追っていた。
森の中を逃げる黒い影。
それは火の明かりに頼ることなく、自らの眼力のみで、闇の中を走っていた。
時にそれは木に駆け上り、転がる様に宙を舞った。
それでも男達は数に物を言わせ、それを徐々に追い詰めていった。
やがて、逃げ回っていたそれは男達に取り囲まれた。
「随分手こずらせてくれたじゃない。」
男達と比べて明らかに高い声がする。
女だ。
「早速そいつを捕まえちゃってちょーだい。」
女の言葉に、男達は一斉にそれに飛びかかった。
松明の明かりがその姿を照らし出し、光に当ったそれの目はギラリと輝いた。
それは回転しながら男達を薙ぎ払うと、大きく膨らんだ腹を守る様に、その場からの逃走を試みた。
しかし、女の手に握られた日本刀は、それを逃がしはしなかった。
夜の山森に、獣の様な悲鳴が響き渡った。

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それから数日の後、山の近くの城下町に商人の一行が立ち寄った。
彼らは西の都の大商家、『越前屋』に向かう最中であるという。
町に到着した彼らは、まずは宿探しも兼ねて、茶店で一息つくことにした。
商人一行の傍らに座り、共に休息を取る二人の若い男女の姿がある。
この二人の者達は商人ではない。
商人一行の護衛として雇われた格闘家であるというが、どうやら二人とも同じ流派の者であるらしい。
女の方は鏡を手に、しきりに癖毛の外ハネを気にしている様だ。
護衛とはいえ、そこはまだ身形に気を使う年頃の女性。
束の間の休息時には、そういった容姿が気になるのであろう。
もっとも、彼女は護衛の最中であっても姿を眩ますことがあり、目的地付近の茶店に先回りをしていて、茶を飲みながら待っていたりすることもあるので、実際には殆どの時間を休息に費やしているとも考えられる。
今、この茶店で休息を取っているのも、そういった事柄の経緯の上での行動であったりもする。
女の護衛がよく仕事をサボる反面、男の護衛はよく働いていた。
働くというよりは、ただ単に喧嘩が好きなだけと言った方が正解かもしれない。
腕は確かなので、追い剥ぎが現れた時等は大いに助かるのだが、何もない時にわざわざ騒動を起こしたり、他所の喧嘩に自分から飛び込んでいって事態を悪化させたりするため、商人達にとっては、ある意味迷惑な護衛であった。
それでも、この二人のおかげでここまで怪我一つなく旅を続けて来られたのだから、商人の一行は、男と女に多大な信頼と敬意の念を抱いていた。

商人一行と護衛二人が茶店で休憩していると、店の奥の方で話をしている先客の会話がちらほらと聞こえてきた。
商人達は今後の予定の打ち合わせをしており、護衛の男は暇なので眠っていた。
ふと、護衛の女は先客の会話の中に気になる言葉を聞き取り、そちらに耳を傾けた。
「お前、覚えてるか? 去年位前までここいらで出没してた畑荒らしのことを。」
「あぁ、あの山猫に育てられたっちゅう娘のことか。それがどうかしたのかい?」
「俺、噂で聞いたんだけどよ、あいつこの間、城の連中の山狩りにあって、城に連れて行かれたらしい。」
「へぇ、捕まっちまったのか。だけんどよぉ、めっきり大人しくなっちまった今頃になってそんなことされても、あんま嬉しかぁないね。」
「んだな。でもよ、なんでお殿様は今頃になってあいつを捕らえたんだ? それまで俺達が奴を捕まえてくれって頼み込んだって聞き入れもしなかった癖によ。」
「そりゃやっぱアレさ。新しい奥方様の候補だろ。」
「ちょっと待て、お殿様には確か許嫁がいたんじゃなかったけか?」
「ん〜、いるにはいるんだがな、色々と問題があるみたいなんだよ。」
「問題? 何だ、それは?」
「生国から嫁いできた姫様は、ここ数年、病気で床に伏していたらしい。色々と手を尽くしてみたものの具合は悪くなる一方。その矢先に、姫様の生国が近隣の国に攻め落とされたんだとよ。」
「何と・・・、悪いことは重なるもんだなぁ・・・。」
「生国をなくした姫様には何の肩書きもないし、あるのは不治の病だけ。結婚も政策の一つとしか見なしてない城の連中にとっては、用なしってことなんだろうよ。」
「ひでぇ話だねぇ。 それで、一国の主たる殿様が次に選んだのが、どうして山猫に育てられた泥棒娘なんだ?」
「あの変わり者の殿なら考えられるだろ。なんたって自分の兵を戦に出さない癖して、刀や槍なんかの鉄器をあちこちから掻き集めてるって話じゃないか。あんたの兵は飾り物なのかってんだ。」
客達は、この国の主の噂を思い思いに口にしていた。
女は、自分達がいる町を見下ろす様に聳え立つ城を見上げた。
客達が口にしていた城とは、あれのことらしい。
女は何やら異様な胸騒ぎを感じ、眉を顰めた。
『まさかね・・・。でも、確認だけはしておいた方が良いかしら。』
すぐさま、女は行動に移った。
女が一人で茶店を出て行ったことを、相方の男や商人達は気付いていないのか、誰も呼び止めようとはしなかった。
無論、気付いていたとしても止めようとする者は現れなかったであろう。
彼女が旅の途中で姿を消すのは、先述した様によくあることなのだから。
女は、城やこの国全体を覆っている様に思われる妖しい気配を感じながら、目的の場所へ向かった。

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商人の一行が立ち寄った城下町。
そこは大山猫が住むと云われる山々に囲まれ、国の中心核となる山城に見下ろされていた。
その国では、近年、周辺諸国から鉄を集めているそうだ。
どの国も、その国には逆らおうとはしない。
何故なら、その国にはあまりに強力無比な傭兵がいたからだ。
『片桐流拳術』
その使い手達は、戦場において恐怖の対象として恐れられていた。
そして、その『片桐流拳術』の創始者こそが、この国を類まれな強国へと仕立て上げていた。
しかし、この傭兵に頼りきっているとも言える戦力は、国の持つ不安の種の一つでもあった。
この日も、城主の政策に対して城内の反発は煮え繰り返っていた。
「殿。あの様な輩に、国の軍事を弄ばせるのは大変危険なことにございます。」
城の一室にて、若き城主の無謀なやり方に、家老が意見する。
城主は家老の意見を黙って聞いている。
しかし、この若き城主は、初めからこの橋が危険であることは承知で渡っていた。
『片桐流拳術』の創始者、その者が戦う理由は、この国のためでも何でもない。
彼は何れ、この国に反旗を翻すことになるであろう。
その読みは、時を重ねるにつれて重圧へと変わり、城主を苦しめた。
それでも彼は、天下統一への道を急ぐ必要があった。
一刻も早く、全てを終わらせなければならなかった。
「分かっている。」
城主は家老の目を見て言う。
城主の目は、彼が着ている雪の様に白い着物と同じく、冷たく突き刺さる様であった。
「言いたいことはそれだけか? それとも、私のやり方に何か気に入らないところがあるのか?」
「めっ、滅相もございません!!」
家老は慌てふためきながら後退りした。
家臣達は城主の行動に不信感を抱いてはいたが、周辺諸国がこの国に逆らえないのと同様に、彼の独裁を阻むことが出来る者は誰一人としていなかった。
謀反を考えた者は必ず、行動を起こす前に何者かによって暗殺されていたからだ。
何者かが誰なのか、それは誰も知らない。
だが、その者が、城主の手の者であるということだけは、暗黙の了解で城の者達は分かっていた。
「按ずるな、手は打ってある。」
そう言うと、城主は硬直状態が解けずにいる家老を残して歩き出した。
「と、殿。どちらへ・・・?」
「何時も通りのことだ。」
それだけ言うと、城主は部屋を出て廊下を渡り、そのまま階段を下っていった。
城主は毎日、こうして階段を下って城の地下へ通っていた。
城主が地下へ降りる時は何時も彼一人であり、他の者が通ることは許されてはいなかった。
そのため、そこで何が行われているのかは、城内の者は誰も知らない。

どこまでも暗い階段を下り続ける城主。
やがて、城主は大きく開けた地下の空間に辿り着いた。
そこはかつて先代の城主が地下牢として造らせたものであるらしく、そこら中に格子が張り巡らされていた。
しかし、この空間は地下牢にしては妙に入り組んでおり、まるで迷宮の様でもあった。
どこか別の場所に秘密の出入り口等がありそうにも思えてくる。
城主は、この異様な地下空間を歩き続ける。
すると、城主の向かう前方の暗闇の中に、薄っすらと人影が浮かび上がった。
その人影は、黒くたっぷりとした長髪を下ろした女の様だった。
年の頃は、十代の半ばを少し過ぎたといったところだろうか。
城主は、そのまま人影の方へと歩み寄った。
「要求されたモノを与えてから大分経つが、作業の方は進んでいるのか?」
城主は人影に言った。
「焦らない焦らない♪」
その人影は軽い口調で答えた。
「貴方の考えてるのとはちょ〜っと違うんだけどね。」
「何だと?」
「ふふふ・・・♪」
暗闇に、女の笑い声が妖しく響く。

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城主が地下に降りるより少し前、商人一行の護衛の女は目的地の山の奥に辿り着いていた。
そこは、数日前に城の人間によって山狩りが行われたあの山の近くであった。
樹海を越え、険しい岩場に囲まれたその場所は、人の立ち入りを頑なに拒んでいた。
だが、その先に広がる景観は、この世の苦しみから解放された極楽浄土の様に美しいものであった。

甘い香りの花の園。

天に錦を羽織らせるかの如く舞う、極彩色の蝶。

心地よい歌声を奏でる鳥達。

丘の木々には様々な果実が実り、春夏秋冬の宴を艶やかに彩る。

川原の水は清く透き通り、暖かな陽光に撫でられた水面からは、時たま魚が水音を立てて跳ね上がり、力強い生命の輝きを振り撒いて見せる。

そこには労役に苦しむ農夫の姿や、戦の中で儚い一生を終えようとしている兵士の姿はない。

重税を課す役人や、不条理な暴力も存在しない。

それは、そこが人の世とは断絶した世界であるということに他ならない。

女は、花園の中央に佇む女性の姿を見た。
その腹部は大きく膨らみ、新しい命がトクトクと脈打っている。
女は、花園を護る様に生い茂る茨を掻き分け、そこに踏み込んだ。
ガサガサというその音に気付いた女性がこちらを見る。
女と目があった。
「確か、あなたは主人の・・・。」
女性の唇から穏やかな声が流れ出た。
「御主人はどちらに?」
女性は静かにその問いに答えた。

女性に言われた場所に女は向かった。
先程の楽園から少し離れた、巨大な滝が流れ落ちる切り立った崖がその場所であった。
崖の上に一人の男が立っている。
その髪は長く、後頭部で馬の尾の様に束ねられていた。
女は険しい崖を軽やかに駆け上り、男の後方へ着地した。
男はその音に振り向くと同時に、手から黒い気弾を放った。
女は間合いを見計らって、その気弾に蹴りを打ち込んで粉砕相殺した。
「お主か。」
黒い爆煙が立ち上る向こうで男が言った。
「咆哮弾は発射までに隙が出来やすいから注意した方がいいわよ、師範。」
女は爆煙を掃いながら言った。
「言うではないか。では二度とその様な口が利けぬ様、灼熱の咆哮弾の消し炭にしてくれようか?」
「それはご勘弁。でも、もし私が師範の命を狙う刺客だったら危なかったんじゃないの?」
「お主からは殺気が感じられぬからな。」
「じゃあ分かってて咆哮弾撃ったの?」
「ふふふふ。お主がそこそこ出来る者で助かったな。」
「師範、ここは戦場じゃないんだから・・・。」
この男、女とは格闘技の師匠と弟子の関係であるらしい。
女の相方の護衛の男も同じ流派の格闘家であることから、二人ともこの男の弟子であるということになる。
そしてこの男こそ、戦場において恐怖の対象として恐れられる『片桐流拳術』の創始者であった。

「あら、あの子新しく入ったの?」
女は、崖下の滝壺で浮き沈みしている少女を見下ろして言った。
「まだ少し幼いところもあるが、アレは中々やるぞ。何事においても本気でぶつかっていく姿勢には見込みがあったからな。」
創始者は腕組みをしながら、滝壺でバタバタしている少女に目を向けた。
視線に気付いた少女は崖の上の男を見上げた。
「見てくださいお師匠様、こんなにおっきなお魚が獲れちゃいました〜♪」
笑顔で創始者に呼び掛ける少女の腕には、一匹の大きなサケ科の魚が抱きしめられていた。
創始者は軽く微笑んでそれに応える。
「あの子も確か、同じ位の歳だったかしら?」
女は少女から創始者へ視線を移した。
「師範が可愛がってた、大山猫に育てられた女の子と・・・。」

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かつて、この辺りの山々一帯は、大きな山猫の縄張りであったそうだ。
その山猫の大きさときたら、家をも踏み潰す四脚と、天にも聳える頭をもっていたという。
あくまで噂であるので、その伝承には尾鰭が付いているものと考えられるが、それだけの恐怖を山猫は人々に与えていたということなのだろう。
何時頃からか、大山猫の巣には人間の少女が住み着いていた。
恐らくは捨て子か。
幼い少女は大山猫を本当の親の様に慕い、どういう訳か大山猫も少女を我が子の様に育て始めた。
暫し、少女は大山猫と共に山麓の村を襲った。
被害に遭うのは農耕牛や鶏といった家畜・家禽であった。
彼女達が自ら進んで人を襲うことはなかったそうだ。
大山猫の身体には無数の刺し傷、切り傷があったということから、恐怖心とまではいかなくとも、人間に対する警戒心程度の感覚は持ち合わせていたのであろう。
ある夜のこと、大山猫は村の片隅に横たわる牛の屍骸を見つけた。
それは見事な肉付きの牛で、一般の農耕牛とは違った雰囲気が漂っていた。
それもそのはず、この牛は食肉用の牛であった。
大山猫は、たっぷりと脂ののった御馳走を銜えると、そのまま巣のある洞窟へ持ち帰った。
巣では少女が、大山猫の帰還を、今か今かと待っていた。
大山猫は牛を銜えたまま、その巨体からは考えられぬ程軽やかに巣穴に舞い戻った。
少女は大山猫の口に銜えられた大きな御馳走を見て目を輝かせた。
大山猫は獲物を口から地面に下ろすと、その腹部に鋭い牙を立てた。
まずは大山猫が皮を食い千切り、内側の柔らかい肉を少女と共に食べる。
これが彼女達の食事の作法であった。
何時もの様に、大山猫が獲物の身体に頭を突っ込んで、穴を広げていく。
そのすぐ脇で、少女は柔らかい肉に喰らいつく。
「ギャッ・・・!!!!」
突然、大山猫が悲鳴を上げた。
それは、大山猫が獲物の臓物を食い破った瞬間の出来事だった。
大山猫の口からは、血の様な赤い液体が滴り落ちていた。
その赤い液体は、鼻につく嫌な臭いがしていた。
少女は大山猫の口に飛びつくと、その口から溢れ返る液体を吸いだそうと唇を重ね、大きく息を吸った。
『痛い!』
もし少女が人間の言葉を知っていたらそう叫んだであろう。
少女の口から喉の奥、更には腹部にかけて、焼ける様に激しい痛みが駆け抜けた。
味覚で表すのなら『辛い』という感覚に当てはまるのだろうが、その刺激は通常のそれの比にはならないものであった。
彼女達が口に含み飲んだ赤い液体は、村の者達が用意した毒であった。
見事な牛も、彼女達を誘き寄せるための罠だったのだ。
内側から煮え繰り返る様に湧き上がってくる痛みは、いつしか少女の身体の自由を完全に奪い去っていた。
大量の毒を取り込んでいた大山猫は、苦しげな咆哮を夜空に数回轟かせた後、ぐったりと倒れて動かなくなった。
「こっちから鳴き声がしたぞ!」
大山猫の咆哮を聴きつけた村の者達が、ゾロゾロとこちらに向かってくる。
『がさっ』
藪を掻き分ける音の直後に、少女の視界に何者かの足が映った。
その者は、倒れた大山猫に近付くと、その鼻先に手を当てた。
もはや息はなかった。
その者は大山猫の死を確認すると、今度は身動きが取れずに倒れている少女の方へと歩み寄ってきた。
そして、大山猫にしたのと同じ様に息の有無を確認すると、その身体を抱き上げた。
分厚い胸板の感触。
男だ。
突然のことに少女は困惑した。
男は少女を抱えたまま、その場を一気に走り去った。
横たわる大山猫の姿がグングン遠ざかっていく。
『いやっ!』
少女は胸の奥で叫んだが、それによって現実が左右されることはなかった。
離れていく大山猫のいた辺りから、集まってきた村人達の声がちらほら聞こえてきた。
『大山猫だけか。』
『娘はいないのか?』
そんな言葉が、断片的に耳に届く。
そうしている内に、いつしか少女の意識は遠のいていった。

どれだけの時が流れたのだろう。
最初、少女は自分をあの場所から連れ出した男を憎んでいた。
隙あらば息の根を止めてやろうと襲い掛かるも男には全く通用せず、逆にその度に、男は嬉しそうな笑みを返してくるのであった。
男は、自分に挑んでくるその少女のことを大変気に入った様である。
同じ様な毎日の繰り返し。
しかしその同じ様な時の流れの中で、少しずつだが少女は真実を知り、変わっていった。
そして、少女は現実を受け入れた。
少しでも前向きに生きようと、その表情からは笑顔が絶えなくなった。
その笑顔は、過酷な修行に苦しむ男の弟子達に安らぎを与えた。
男自身にとっても、少女の存在はとても大きなものになっていた。
『片桐流拳術』創始者、その男は今、今日までの少女と過ごした日々を想い返している。

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「あの子、城の連中に捕まったみたいよ。」
女は言った。
「そうか・・・。」
創始者は静かに返した。
「それでも、やっぱり師範はここを離れることが出来ないのね。」
「済まぬ・・・。」
「そう・・・・・・。」
女の目元は、少し寂しげな表情をしていた。
「どんなに親密な関係になっても、家族にはなれないのね。」
その言葉に、創始者は目を背けた。
「心配なさらないで、あの子は私が必ず連れ戻すから。」
そう言い残し、女は崖を飛び降りて、来た道を跳ねる様に駆け戻っていった。

創始者にも、そして女にも分かっていた。
この山を、この国を覆う妖しく邪悪な気配が、徐々に強くなっていることに。
普段から、創始者は山を離れることが殆どない。
愛する者がいるからであり、それが守るべきものであるからだ。
彼を支配する為に、妻を人質に取ろうと考える者達は何度も現れた。
だが、人の行く手を阻む険しい道のりが、この楽園を守り続けていた。
創始者が傭兵として山を離れた時も、一刻も早くこの地に戻ろうという彼の意思は、大きな戦であろうとも瞬く間に終わらせてしまうのであった。
彼は、今この場を離れる訳にはいかなかった。
この巨大な邪気に覆われつつある山に、愛する者達を残していくことなど、出来るはずもなかった。

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女は山を下り、また幾つかの山を越えて、少女が捕らえられたという妖しげな城に辿り着いた。
女はそこから城下町を見下ろした。
あの中のどこかの宿に、相棒と商人の一行が泊まっているのであろう。
もしかしたら、もう二度と会うことはないのかもしれない。
只ならぬ邪気を放つこの城は、どう考えても普通ではないのだから。
そんなことを考えながら、女は夜の城の奥へと潜入していった。
だが、彼女は格闘家ではあるが忍びの者ではない。
案の定、潜入してすぐに、見張りの兵に見つかってしまった。
『ドンッ!』
鈍い音と共に、見張りの兵はその場に倒れ込んだ。
「お勤めご苦労様〜♪」
倒れた兵の上を女は飛び越えて先へと進んだ。
物音に気付いた他の兵達が次々と集まってきたが、その度に女は蹴りの一撃で彼らを打ち倒していった。
だが、その様な作戦が長く続こうはずもなかった。
続々と集まった兵達に、女は壁際に追い詰められてしまった。
『強行突破するしかないわね。』
女は直線上の兵達に狙いをつけた。
兵達が一斉に女に襲い掛かる。
女は狙い通りに、凄まじい勢いで気弾を放った。
手前の直線上の兵の数名が弾き飛ばされた。
続けて女は二発目の気弾を発射する。
彼女は最高三連続で気弾を放つ技術を習得していたのだ。
二発目の気弾は、一発目で排除しそこねた直線上の残りの兵達を打ち倒した。
直線上に見える兵は、後一人。
「そこを退きなさい!」
女が三発目の気弾を足から蹴り出そうとした瞬間、先程打ち倒された兵が渾身の力を振り絞って女の足に掴みかかった。
「あ!」
勢いにのっていた女は体勢を崩し、放たれた最後の気弾は狙いを大きく外して床に叩きつけられた。
床板が吹き飛び、兵達は撥ね飛ばされ、女は床に開いた穴から下へと真っ逆さまに落っこちていった。
途中で何度も障害物にぶつかり、複雑に入りくねった穴に落ちていく様であった。

『・・・ここは・・・?』
女は辺りを見渡した。
そこは明かりのない暗い通路の様であった。
おそらくは、城が落とされた時に城主を逃がすための隠し通路か何かであろう。
真っ直ぐに落っこちない訳である。
身体中には黒い煤が、落ちてくる途中で纏わり付いていた。
「こっちから物音がしたみたいなんです。」
突然、暗い通路に誰かの声が響いてきた。
まだ若い娘の声の様であったが、とにかく女は身を隠すことにした。
周囲には無数の人間大の金属塊が地蔵の様に立ち並んでいた。
女はそれらの影に身を隠した。
足音がこちらに近付いて来る。
「あれ〜、おかしいですね〜。確かにこっちの方から『ドスン!』って音が聞こえてきたんですが・・・。」
女はそっと、声のする方を窺った。
その声の主は、辺りをキョロキョロと見渡して、首を傾げた。
その瞬間、女と声の主の視線が丁度合わさった。
『ヤバっ!』
女はそう感じたが、声の主はその存在には気付かなかった様だ。
ここまで来る途中に煤で汚れていたのが幸いしたのか、暗闇で女の姿はカモフラージュされていた。
「明かりがなくては見つかるものも見つかりませんよ、姉さん。」
遠方から別の声が聞こえ、『姉さん』と呼ばれた先の声の主はそちらを振り返った。
同時に女は顔を死角へ引っ込めた。
声の雰囲気からして、こちらも若い娘の様であった。
新しくやって来た声の主は燈篭を手に持っているらしく、辺りをその明かりで照らし出した。
新しい声の主は、そこに落ちている『ある物』に気付いた。
「これは城の床板ですね。おそらく曲者が床を打ち破ってこちらに侵入した際に落としたものでしょう。」
「こっちは一通り見てみたんですが、曲者さんはどこにもいらっしゃいませんでしたよ。」
先の声の主は明るい調子で言う。
「何か妖しい気配も感じられますが・・・。」
後の声の主は、女の隠れている金属塊の方に目を向けた。
女の背筋に緊張が走る。
「禍々しい邪気に包まれたこの城内で、妖しい気配の一つや二つがあろうと不可思議ではありませんね。」
声の主は視線を外した。
「もう、この近くに曲者はいないでしょう。殿のもとへ参りましょう。」
「え〜、曲者さんを探さなくてもいいんですか〜?」
「姉さん、私達の存在意義は、『当主の命危き時其の身主の盾とせん』、その為だけにあるのですから。必要以上に曲者を追い立てて滅することではありません。」
そう口にするその者の目は、微かにだが強く、悲痛な潤いに揺れ動いていた。
「さあ、急ぎましょう。曲者が殿のもとに到達するよりも早く。」
「了解しましたのですぅ〜♪」
声の主達二人は、その場から掻き消える様に去っていった。
女はとりあえず、その者達の後をこっそりつけてみることにした。
何とか、城の最有力者に辿り着く手立ては見つかったと言える。
だが、しばらく進んだ所で女は二人を見失ってしまった。
暗く入り組んだ通路を、感付かれぬ様に距離をおいて追跡することには無理があった様だ。
「ぉぉぉぉん・・・。」
目印を失った女の耳に奇妙な声が聞こえてきた。
不審に思った女は、その声のする方へ向かった。
「ぉぉぉん・・・、にぉぉぉぉぉん・・・。」
だんだんと、その声は大きくなっていく。
近付いてきている。
「にゃぉぉぉぉん・・・、にゃあぁぁあん・・・。」
暗い通路に、猫の様な鳴き声が反響している。
『あの子だ・・・!』
女は、それが山猫に育てられた少女のものだと理解した。
あたかも複数に発せられているかの様に声が木霊す暗闇の中を、女は駆け抜けていった。
声のする方、枝分かれをし、曲がりくねった通路の先に一際大きく開けた空間が現れ、女はそこへ躍り出た。

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「これは一体どういうことだ・・・!」
飛び出した瞬間に怒鳴り声が耳に届き、白い着物姿の男が目に映った。
女は咄嗟に近くの柱の裏に身を隠した。
「だ〜か〜ら、お殿様の考えてるのとはちょっと違うって言ったでしょ?」
先程の男とは別の声がした。
会話から察するに、白い着物の男が、この城の城主の様であった。
女はそっと、もう片方声のする方を覗いて見た。
城主と思われる男の向かいに、長い黒髪の女がいた。
何やら黒い巫女の様な衣装を身に纏っていたが、その周りからは並々ならぬ邪気が溢れ返っていた。
「貴様には『動く鉄の熊』を造るよう命じたはずだが。」
「ん〜? そう言えば遣いの人が、そんな様なこと言ってたかもね〜。」
黒い巫女姿の女はカラカラと笑って言う。
「んで、それっぽいモンなら出来るって言ったかしらね。騙しちゃったんならゴメンゴメンご♪」
「ほう・・・?」
城主の周囲からは殺気が漂い、その手中に大量の気が送り込まれていく。
「覚悟は出来ているだろうな。」
「怒らない怒らない、結果的にそちらで注文したそれ以上の仕上がりにはなってんなら問題ないでしょ?」
「では、そいつでこれを受け止められるかな!?」
城主は大量に気の篭った手を構える。
「砕け散れ・・・!」
その瞬間、城主が動くのと同時に、暗闇の奥でも何かが動いた。
勢い良く気の柱が吹き上がるが、それは突然、四方に分断されたかの様に崩壊した。
『あの奥に何があるの・・・?』
柱の裏から見ていた女には、何か回転する刃の様な輝きが、城主の発生させた気の柱を粉砕した様に見えた。
そしてその輝きは、自らが目指す先、猫の様な鳴き声が木霊す闇の奥から現れた様であった。
「思ったよりはやるようだな。総勢でどれ程の数を拵えたのか?」
城主は攻撃の手を止めて言った。
「私もいちいち覚えちゃいないけど、大体4〜5万位はいるんじゃないの?」
「そうか。」
そう言うと城主は、黒い巫女姿の女の奥の暗闇に目をやった。
「それだけあれば、奴と手を切るには十分だろう。」
『奴?』
柱の裏で女は耳を欹てた。
「大丈夫なんじゃなぁい? 並の人間じゃあ1千人がかりだってこいつ一体を倒せやしないんだから。」
黒い巫女も、城主の視線の先の暗闇に目を移しながら言う。
「だが、奴は鋭い。この城と国を覆う邪気に気付かぬはずがない。」
「殺っちゃう?」
「そうしてもらおう。事を起こされると厄介だからな。」
「うふふふふ、了解〜♪ そんじゃあ、今から準備に取り掛かりますかぁ。『片桐流拳術』の創始者とやらを地獄に送ってあげる宴のね♪」
『な!?』
二人の会話を聞いていた女は絶句した。
今正に、師範の暗殺計画が目の前で遂行されようとしているのだ。
何としても阻止せねば。
女は、こちらに対して無防備な状態の白い着物の男と、その脇の黒い巫女を目掛けて飛び掛った。
「!?」
男と巫女は、ほぼ同時に振り返った。
その時既に、目の前には三発の気弾が迫っていた。
「ぁあ!!」
三発の内の二発は巫女を直撃し、その身体を後方に撥ね飛ばす。
残る一発は男の身体に激しく激突する。
男は身構える寸前の所で気弾を受けて、体勢を崩した。
男は顔を上げる瞬間に、腹部に強烈な衝撃を受けた。
女の蹴りが、白い着物の上から大きく減り込んでいる。
男の目には、女の赤く跳ね上がった髪がチラリと映った。
男が動くより先に、女の二発目の蹴りが放たれる。
凄まじい蹴りの連打に、男は成す術もなく撃たれ続けている。
男の身体が大きく宙に浮き、女はそれを追い、とどめの蹴りを放ち舞い上がった。
『ドン・・・!!』
辺りに鈍い音が響いた。
暗闇の広がる地下空間に、赤い鮮血がポタポタと滴り落ちる。
男の身体が地面に落ち、続けて、女は倒れた。
倒れた女の後ろには、血の滴る木刀を持った娘の姿があった。
「殿!!」
娘は木刀に付着した血を振り払い、倒れている男のもとに駆け寄った。
男は目を開くと、何事もなかったかの様に立ち上がり、娘を見下ろした。
何時も通りの冷たい眼差しに娘の足は凍りつき、膝がガクリと折れた。
「申し訳ございません・・・! 私共が付いていながら、この様な輩に殿の御身体を触れさせてしまうとは・・・!!」
娘は膝を地につけて頭を下げ、大声で叫んだ。
「気にせずとも良い。」
男は静かに言った。
「お前達の護衛等、毛頭当てにはしておらぬからな。」
男の言葉に、地に伏せた娘の目が『ハッ』と大きく見開かれ、そして固く閉じられる。
その身体は僅かに震えていた。
男は、しゃがみ込んで震える娘に背を向けると歩き出した。
その時、男の着物の袖の中に、長い黒い、鉄の棒の様な物が光った。
「あの程度の攻撃で参る軟弱者ではあるまい。さっさと作業に取り掛かれ。」
男は、先程の女の気弾を受けて倒れている黒巫女にそう投げ掛けると、暗闇の奥へと消えたいった。
「流石だわね〜、あの状況でこっちの状態をキチンと把握しているとはね。」
黒巫女はケロリと言って起き上がる。
「護衛が役立たずでも全然問題無しって感じね。」
「貴様・・・!」
娘は髪を振り乱し、木刀を振り抜いて立ち上がった。
「あら? な〜に怒っちゃってんのかな? 私は本当のことを言っただけよ?」
黒巫女は軽くあしらう。
「あの時、殿様が『鉄砲』とかいう南蛮渡来の武器を袖に隠し持っていたこと、気付かなかったの? 彼には護衛なんて必要ないの。あんたなんかお呼びじゃな〜いってことよ!」
黒巫女の言葉が娘の胸に突き刺さる。
「あの方のことを知った風に・・・!!!!」
無意識の内に娘の手と足が動いていた。
勢い良く木刀が振り上げられ、黒巫女の頭へと振り下ろされる。
『パシッ!』
軽い音がし、木刀は片手で受け止められた。
「姉さん!?」
木刀を受け止めたのは、同じく殿を影から護衛することを生業とする姉であった。
「あなたこの子のお姉さん? 妹の教育はしっかりとしておいてよね?」
黒巫女はクルリと二人に背を向けた。
「ただでさえお邪魔虫なんだから、そこんとことをちゃんと自覚して、私の仕事の邪魔だけはしないよーにってね!」
黒巫女は、殿が消えていったのとは別の方角の暗闇へと消え去っていった。
「姉さん! 何故止めるのです!!」
「こんなことをしても何にもなりませんよ? それに・・・」
姉は続けて言う。
「あのまま向かっていったら、きっと殺されちゃってましたよ。」
妹は、姉の視線の先に目をやった。
その方角、先程まで黒巫女がいた場所には、禍々しい邪気が残留し、漂っていた。
力の差は明らかであった。
妹は力が抜ける様に倒れ込み、それを姉が抱き止めた。
「姉さん・・・、私は・・・、私は・・・!!」
震える妹の頭に、姉はそっと手を載せる。
「私達は私達の出来る限り、お殿様のお役に立てる様に頑張ればいいんですよ。」
「それでも・・・! 私の力で出来ることなんて・・・!!」
妹の声は一段と大きくなり、姉の胸を掴む手に力が入る。
「一人では無理でも、二人なら何とかなることだってあるんじゃないですか? あなたは一人じゃないのですから。」
姉は、その温かい手でそっと、妹の身体を包み込んだ。
この世界における光と影。
彼女達は、光である主を守護する影として、この世に生を享けた姉妹であった。
人の目の届かぬ場所で、主のためだけに生きることを許された、人間としては否定された存在。
二人はその宿命を受け入れながらも、懸命に生きようとしていた。
何故そうまでして生きるのか。

そこに、愛する者がいるのだから。

二人は孤独な地下の闇の中で抱き合っていた。
妹の微かな嗚咽が、闇に響いていた。

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地下からの階段を上り、城の上階へと進んでいく、白い着物の男。
男は、城の最上階の自室に辿り着くと、その奥にある襖に手をかけた。
そっと、静かに開けられた襖の先には、行燈の僅かな明かりで照らされる、薄暗い部屋が広がっていた。
その中央に、布団の中で横たわる、一人の少女の姿があった。
その少女は病魔に侵されてから、もうここ何年もの間、この部屋を出たことがなかった。
少女は、光の射し込む襖の向こうの男の気配に目を向けた。
「兄さん・・・。」
薄っすらと目を細めて、少女は口を開いた。

この城の主である男には、幼い時に決められた許嫁がいた。
二人はまるで兄妹の様に育った。
そして少女は、城主のことを本当の兄の様に『兄さん』と呼んでいた。

「また・・・、誰かに罰を与えていたのですか・・・?」
少女は悲しげに囁いた。
「何故、分かる?」
男は少女のもとに静かに歩み寄る。
「兄さんがそういう目をしている時は何時もそうなの。とても辛そうな、冷たい目をしている。」
少女の目に液体が浮かび上がり、ゆらゆらと揺れ動く。
「心配をかけてすまない。事が思うように進まず、ついそうしてしまうのだ。」
「兄さん・・・。」
少女はよろめきながら、布団から起き上がろうとする。
「あっ・・・」
「いけない!」
腕に力が入らず、少女は力なく倒れ込む。
男は、白い絹の寝間着に包まれた少女の身体を、同じく白い着物の袖で抱き受けた。
「お前はまだそんなに動ける身体ではない、無理をするな!」
「兄さん、もう・・・いいの・・・。」
男の腕の中で、少女は苦しげにないた。
「兄さんがやろうとしてることは分かってる・・・、天下の統一を果たして、この世の覇者になろうと・・コホッ!んっ、かはっ!!」
少女は激しく咳き込んだ。
「よせ、もう話すな!!」
男の言葉に、少女は小さく首を横に振る。
「兄さんがどうして天下人になりたいのかだって・・、ちゃんと分かってる・・・。でも・・、本当に・・、もう、いいの・・・。私の病気はもう・・手遅れだから・・・。」
「諦めるな!!!!」
男は血相を変えて怒鳴った。
「天下を統一すれば、全てを思う様に動かすことが出来る! 各地から逸材の名医を招集することも可能だ! 不老不死の妙薬も見つかるかもしれないのだぞ!!!」
荒ぶる男に対し、少女はただひたすらに、悲しげな眼差しを向けている。
「お前のためだったら何でもしてやる、この世の全てが壊れることになろうとも構わぬ・・・!!!!」
少女の身体が身震いした。
「嫌・・・、兄さんに・・、穢れてほしくない・・・! 私なんかのために、兄さんが・・!! ぅくっ・・・!!」
少女は男の胸に顔を埋める様にして動かなくなった。
どうやら、気を失っただけの様であった。
男は『ほっ』と胸を撫で下ろした。
『穢れてほしくない・・・か。今更その様なことを・・・。』
男は少女を優しく寝かしつけると、静かにその場を離れた。
男は、自身にとっての穢れは既に手遅れだと感じていた。
しかし、愛する者の命は、まだ手遅れになった訳ではない。
何としてでも助けなければならない。

かつて秦の始皇帝も、中国全土を支配した後、不老不死の妙薬を探すことに時間と金を費やしたという。
しかし彼の願いは叶うことはなく、最後は無数の兵士や馬の像と共に、生前に造らせていた巨大な墓の中で永遠の眠りにつくことになった。
人は歴史の中で同じ過ちを繰り返す。
しかし、それは全くの無意味な行為という訳ではない。
可能性があるからこそ、人は過ちを繰り返すのだ。
男は正に今、愛する者のために過ちを犯そうとしている。
果たしてそれは愚かなことなのか。
それ以前に、『過ち』の一言で片付けてしまってよいものなのか。
後世を生きる者達は、先人達の行為を『過ち』として嘲笑する。
それでも当世を生きた者達は、自分達の行いを信じて行動してきた。
男の行為は、嘲笑されるべき行為なのか。
とにかく今は、先を急ぐしかない。
もう、後がない。
残された時間も僅かしかないのだから。

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男が城の最上階にいた頃、城の地下では、男の護衛に当っていた姉妹の手によって倒された女が、地下牢の一つに監禁されていた。
「っ痛〜・・・、一体何が・・・?」
女は目を覚ました。
木刀で殴られてからしばらくの間、気絶をしていたらしい。
『あの時、白い着物を着た男に向かってった時に、後ろから突然・・・!』
女はその時のことを思い出した。
辺りを見渡し、そこが鉄格子に囲まれた牢屋の中であるということにも気付いた。
「イタタタ・・・、あら?」
頭から背中に掛けての傷口に手を当てた時、その感触に女は気付いた。
柔らかい布の感触。
女の傷には包帯が巻いてあった。
誰かが手当てを施していったらしい。
だが、一体誰が。

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女が考えている頃、彼女を牢に放り込んだ護衛の姉妹二人は、暗い城の抜け道を伝って、城主のもとへと向かっていた。
「本当にとどめを刺さなくて良かったのですか? 曲者さん、またお殿様を狙ってくるかもしれませんよ?」
姉は妹に問いかける。
元来の明るい口調のためか、あまり緊張感は感じられない。
「あの傷では、もう戦いに出ることは不可能でしょう。牢にも入れておきましたので、問題はありませんね。」
「でも、どうしてわざわざ怪我のお手当てまでしたのですか? 敵に肩入れするなんて、らしくないのです。」
「私達は兵士でもなければ刺客でもない。あの方の御身をお守りする盾なのですから。」
妹は続けて言う。
「目的が達成されたのであれば、あえて命を奪う必要などございません。」

「本当にそれでいいのですか?」

「ええ。私が真剣を振るわない理由も、そのためです。」

「甘い・・・、ですよ・・・。」

小さな声で発せられた姉のこの言葉が、妹の耳に届いていたか否かは定かではない。
普段はとぼけた印象を受ける姉が、実は平気で人を殺せる人間であることを、妹が知っていたかどうかも分からない。
これまで二人は、城主を狙う刺客の数々を、外界に悟られぬ様に片付けてきた。
妹は無意味な殺生は無用と、刺客の命までは取らずに解放してきた。
しかし、解放された刺客の殆どの者達は、姉妹への復讐心に燃え、個人的な恨みから彼女達の命を狙う様になった。
姉妹の身体を弄ぼうと考える卑猥な者の数も、少なくはなかったはずだ。
妹の甘さ、優しさに付け入る彼らの行為は、姉にとって耐え難い苦痛となった。
もし、妹がこの現実を知ったらどうなってしまうのか。
妹が助けた命は、本人が最も忌み嫌う無礼千万な者達であり、心を入れ替えようと思う者は殆どいないという現実。
更に言えば、命を助けたが故に恨みが生まれ、そういった存在になってしまった者もいたのかもしれない。
繊細で危うい妹の心を、巨大な罪の意識から守るにはどうすればよいのか。
姉に出来ることは、全ての罪を肩代わりし、その一つ一つに終止符を打つことだけであった。
普段の明るい性格とは対照的に、どの様な相手でも有無を言わせずに息の根を止める、鬼の様な姉。
彼女は決して二重人格であったりする訳ではない。
純粋無垢だった姉は、主を守護する影の家系という特殊な生活空間の中で、本来の自分を潰されない様、意図して精神の調整をしていた。
その辺りのことが、妹はまだ未熟であった。
未熟というよりは、その様な生き様が彼女の考え方とは違い過ぎているといった方が正しいかもしれない。
妹にしてみれば、その様な生き様は、確固たる意思のない、いい加減でだらしのないものに思えるのであろう。
姉にしてみれば、妹のそういった考えが甘いととれる。
妹は自分が必ず自分が守りぬく。
それが、決して口には出さない、胸に秘められた姉の誓いであった。

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護衛の姉妹が牢から離れてしばらくしてから、捕らえられていた女は目を覚ました。
自身に施された傷の手当てに困惑していると、周囲の暗闇の中に、一筋の光の差し込んでくる箇所が目に飛び込んだきた。
地下牢とはいえ、ここは山の上の城。
山の側面や、崖に面している箇所に隙間があれば、そこから光が差し込んでくることもあるだろう。
どうやら夜が明けたようだ。
外界は近い。
『これならいけるかも・・・!』
女は足に力を入れ、光の差し込む壁の隙間に飛び蹴りを放った。
『バシッ・・!』
衝撃音と共に、女の身体が壁から弾き返される。
全身を使って蹴りが出せない分、威力が大幅に落ちていた。
『この状態じゃぁ無理か。』
女はあっさりと壁を壊すことを諦めた。
無駄なことはしない性分であった。
『何とかこのことを師範に伝えなくちゃ・・・、あら?』
女が倒れた身体を起こした時、懐から何かが床に落ちた。
『これって・・・、前に旅の途中で知り合った人形師から貰ったクマの縫いぐるみ?』
女は小さなクマの縫いぐるみを拾い上げた。
『家に置いてきたと思ったんだけど、どうしてここに・・・? って今はそんなことどうでもいいか。』
以前、女が人形師からクマの縫いぐるみを受け取った時、その者は次の様なことを言っていた。

「もし何か困ったことがあったらクマちゃんにお願いをしてみてね。簡単なお願いだったら三つまで叶えてくれるよ♪」
「えっと・・・、こういうのって、普通ならどんな願いでも叶えてくれるもんじゃ・・・」
「世の中そんなに甘くないわよ、もっと大人になりなさい。」
「そういうあんたは、どうみたってこど・・」
「クマちゃん!」
『ドガッ!!』
「はわっ!!!」
突然の衝撃に女は吹き飛ばされる。
「!!?? 気のせい? 今なんか、クマの縫いぐるみが動いた様な気が・・・。」

女と人形師が初めて出会った日のことであった。

「簡単なお願いねぇ・・・、ちょっとしたお使いぐらいなら頼めるかしら?」
女はクマの縫いぐるみを目の前に座らせる様に置いてみた。
一見馬鹿げている様にも思えるが、何故かそのクマを信じられる様な気がした。
女は着物の一部を引き千切ると、そこに傷口から指先に付けた血で文字を書いた。
一文字、そしてまた一文字。
掠れながらも、何とか血文字による文が出来上がった。
そして女は目を閉じ、強く念じた。
この血文字で書いた手紙を、『片桐流拳術』の創始者に届けてほしい。
師範が警戒していた禍々しい邪気。
事は次第に悪い方へ向かっている。
女が目を開いた時、目の前にあったクマの縫いぐるみはなくなっていた。
『頼んだわよ・・・。』

夜が明け、女が護衛をしていた商人の一行は城下町を発った。
きっと何時ものように、次の町の茶店に先回りをしているのだろう。
誰もが皆、そう思っていた。
同じ『片桐流』の弟子である男も、彼らと共に旅立っていた。
女のことを信頼しているからなのか、それとも無関心なだけなのか、ただ鈍いだけなのか。
男が禍々しい邪気の存在に気付いていたのかどうかは定かではない。
ただ一つ言えることは、皆、それぞれがやるべきことをやっていた、という、それだけのことだ。

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商人の一行が城下町を離れる時、牛に牽引された大きな木の車が、多量に城から出てくるところが見えた。
それらは数人の兵士と、一人の巫女によって守られながら、『片桐流拳術』の創始者が住むと噂される山々へと向かっていった。
ゴロゴロと音を立てながら進む車には、何か重たい物がギッシリと詰め込まれているようであった。

『来たか・・・!』
山の中で『片桐流拳術』の創始者は、急速に接近する気配に感付いた。
『ガサッ』
藪が揺れ動き何かが目の前に飛び出した。
「はぁ!!!」
創始者の手から黒い気弾が放たれ、飛び出したそれに炸裂し、吹き飛ばした。
爆煙の中を小さな茶色いものが飛ばされていくのが見えた。
「なんだあれは・・・? クマの様であったが・・・。」
創始者の足元には一枚の布きれが落ちていた。
「この字は、奴からか・・・。」
創始者は、血文字で布に書かれたそれを、一目で弟子の女のものだと理解した。
城の方から、先程の気配とは別の、禍々しい邪悪な気配が大量にこちらに向かってきている。
その動きは牛歩といえるゆっくりした動きであったが、ここまでやって来るのは時間の問題だった。
恐らく、険しい大自然の防壁も、この相手に対しては効力を発揮しないであろう。
創始者は、決断を下した。

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「ここを離れよ。もうじきこの場所は戦場となる。」
創始者は愛妻に告げた。
彼女は静かにそれを受け入れた。
しかし本心では、夫のことを心底心配し、自分もその場に残りたいと考えていた。
それでも、今、自分がここに残ることは、彼にとってどれだけの負担になるということは十分に分かっていた。
彼には昔、前妻がいた。
そして彼は、その女性を守り抜くことが出来なかった。
そのことは未だに彼を縛り、今後も解放されることはないだろう。
これ以上、彼を苦しめる訳にはいかない。
自分の腹の中では、彼の子供が命の鼓動を鳴らしている。
何としてでも生き延びなければならない。
「妻を頼む。」
創始者は、一番最近弟子になった少女に言った。
まだ幼いところがあるものの、実力の方は中々のものである。
そして何より、創始者や妻からの信頼が厚かった。
弟子の少女は妻の手を取ると、山の上流の流れに浮かぶ小舟に身体を乗せた。
『いってらっしゃい。』
妻は、夫が戦場に出向く時、何時もそう言って送り出していた。
しかし、今回出て行くのは自分の方であった。
「いって参ります。」
妻と少女を乗せた小舟が川の流れに乗り、見る見るうちに小さくなっていく。
それはやがて、川の彼方の岩の陰に消えていった。
「そこにいるのであろう。出てきてもよい。」
舟が完全に見えなくなった時、創始者は口を開いた。
その言葉に反応する様に、創始者の背後の木々が揺れ動く。
そこから現れたのは、目つきが鋭く釣り上がった少女であった。
歳は、創始者の弟子の少女と同じぐらいに思われる。
その髪は、創始者と同じく馬の尾の様に束ねられていたが、こちらは頭の両側から二つに垂れ下がっていた。
「お主の母のことはすまなかった。厚かましいとは分かっているが、頼まれてはくれぬか。」
創始者は釣り目の少女に言った。
「いいよ。奥さんとあの子を陰から悟られない様に守るんだろ?」
釣り目の少女は、自分の役目を熟知していた。
「母さんのことは、別に何とも思ってないよ。あの時は仕方なかったから・・・。」
少女の目は相変わらず釣りあがっていたが、どこか寂しげであった。
「もういかなくちゃ。舟は大分先まで行っちゃってるだろうから。」
釣り目の少女は居た堪れない気持ちになり、その場から駆け出した。
「もう少し、お主と親子らしい会話をしておきたかったな。」
創始者の言葉に、少女の足が一時止まった。
「これが片付いたら、後でゆっくり話せばいいじゃないか、・・・父さん!」
少女は振り返った。
そこには父親に向けられた笑顔があった。
創始者は、軽く口元を緩めて見せた。
それは紛れもなく父親の顔であった。
少女は期待を胸に、その場を後にした。
しかし、その期待が裏切られることになろうとは、少女は知る由もなかった。

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『ゴロゴロゴロゴロ』
木の車が重い音を立てながら、山の麓に集まってきた。
牛の蹄が砂を舞い上げ、鼻にかかった様な鳴き声が途切れ途切れに聞こえてくる。
その響きは、山の中腹で構えていた創始者の耳にまで届いていた。
創始者は、下で起きている光景を、獲物を狙う鷲の様に見下ろしていた。
黒い巫女装束の女の指示で兵士達が木の車の扉を開き、中から何か黒い物を引き摺り出してきた。
石火矢の様であったが、通常の物より大分大きかった。
それもかなりの数がある。
兵士達は砲口を山に向けると、鈍い光沢を放つ砲弾を詰め込み始めた。
『砲だと・・・。あの程度の武具で何を企んでいる・・・。』
兵士達が石火矢に次々と点火していく。
「撃てぇい!!!!」
黒い巫女の号令を合図に、一斉に石火矢が火を噴いた。
無数の砲弾が宙を飛び、山の至る箇所に衝突し、噴煙を上げて減り込んでいく。
その中の一つが創始者の目の前にも迫ってきた。
同時に、創始者の手の中に黒い気が注ぎ込まれていく。
「はぁああああ!!!!」
創始者の手から黒い気弾が放たれた。
気弾と砲弾は正面から衝突し、黒い破片を周囲に飛散させた。
バラバラに砕けた鉄の飛礫が辺りに降り注ぐ。
「撃てぇい! 撃てぇい! 撃ちまくれぇい!!!!」
黒巫女はひたすらに叫び続ける。
その指示に従って、兵士達もひたすらに砲を撃ち続けていた。
「全くもって無駄なことよ・・・!」
創始者は接近する砲弾を次から次へと撃破していく。
狙いがずれた砲弾は、無駄に山の斜面に減り込んで噴煙を上げている。
やがて、山は凄まじい砲撃の嵐によって穴だらけになり、露出した砲弾が斑模様を描く様に散りばめられていた。
不意に、砲撃の手が止まった。
「もうこれぐらいでいいんじゃないかな?」
黒巫女は変わり果てた山の景観を眺めて言った。
「砲弾はまだ残っていますが?」
兵士の一人が尋ねた。
「それは予備。でも、お楽しみは、こ・れ・か・ら・よ☆」
「はぁ・・・。」
兵士は黒巫女の雰囲気に少々呆れ気味であった。
何故、自分の主はこの様な者に指揮を任せたのか。
だが、兵士はその答えをすぐさま知ることになった。
「やっておしまい・・・!」
その言葉を発すると同時に、黒巫女の目つきが変わった。
兵士達は背筋の凍るものを感じた。
この時、辺りに立ち込めていた邪気が凄まじい勢いで膨張していた。
普段は邪気を感じることのない兵士達も、この膨大な邪気の前ではそれを理解することが出来た。
自分達はここにいるべきではない。
誰からともなく、兵士達はその場を逃げる様に走り去っていった。
その場に繋がれていた運搬役の牛達も、その恐怖に、自らを繋ぐ綱を自力で引き千切って逃げ出してしまう程であった。
「邪魔者はさっさと消えなさい・・・。」
黒巫女は兵士達を尻目に呟くと、再び山の方へ視線を移した。
その目は、明らかに山の中腹にいる創始者を捕捉していた。
「さぁ、まだまだいくよ〜〜〜!!!!」
黒巫女が声を張り上げると、膨張した邪気は一気に分散、拡大し、山全体を凄まじい勢いで飲み込んでしまった。
『片桐流拳術』創始者といえども、ここまでの邪気は、未だかつて経験したことのない量であった。
その気迫に、創始者も思わず顔を顰めた。
『メコ・・・。』
突然、奇妙な音が近くからした。
それも一つではなかった。
辺り一帯から、その音は響き渡ってくる。
続いて、『ギシギシ』と、何かが軋む音がした。
創始者は耳を澄まし、音の正体を探った。
音は山全体のあちらこちらから無数に発生しているが、その全ての発信源からは砂煙が舞い上がっていた。
砲弾が直撃した地面だ。
創始者は砂煙の奥に目を凝らした。
砲弾が地面に減り込んでいる。
『ギシギシ・・・。』
砲弾が微かに動いている。
『バキ!!』
突然、砲弾の一部から、人間の腕の様なものが飛び出した。
しかし、その色は鉄と同じ、鈍い光沢を放つ黒色であった。
『ギギギ・・・、メキ・・、ギシ・・・、バキボキ・・・!!!』
鈍い音を立てながら、砲弾は徐々に人の形に変形していった。
実際には、元から人の形だった物が、砲弾の様に丸くなっていたといった方が正しいと思われる。
「何・・・!?」
人の形になった砲弾の、その姿を見て、創始者は言葉を失った。
「ギギギ・・・、にゃ〜〜〜・・・・・・。」
それは、鉄の軋む音を立てながら最初の一声を口にした。
その声、そして姿は、以前自分が可愛がっていた、大山猫に育てられた少女そのものであった。
一人だけではない。
同じ声、姿をした鉄の塊が、何体も、何十体も、何百、何千も、ゾロゾロと集まってきた。
「ギシ・・、ギ、ギにゃ〜〜・・・。」
創始者の前に、鉄の少女はぎこちない動きで接近する。
突然、少女の目が妖しく光った。
「ぐるぐる〜〜ん!」
少女は再び砲弾の様に丸くなり、創始者に襲い掛かった。
「愚か者め・・・!!!」
『ドゴッ!!!!』
創始者の拳が突き上げる様に、砲弾と化した少女の身体を貫いた。
「うにゃぁあああああああああああああ!!!!!」
飛散する鉄屑となりながら、少女は断末魔の悲鳴を上げた。
「儂がその様なカラクリに惑わされるとでも思ったか・・・、姑息なことこの上ないわ・・・!!」
少女だった鉄の破片が降り注ぐ中で、創始者は太い声で呟いた。
その声は怒りに燃えていた。
「うにゃにゃにゃにゃーーーー!!!」
創始者を取り囲んでいた鉄の少女達は叫び声を上げると、一斉に飛びかかってきた。
「その程度で・・・」
創始者は最初の一撃を受け止めた。
「あの子の技を真似しているつもりかぁ!!!!」
一瞬にして、辺りに無数の鉄の残骸が砕け散った。
凄まじい勢いで鉄の少女達は弾かれ、投げ飛ばされ、互いに衝突したところで激しい気弾の猛攻を追撃される。
それでも創始者は攻撃の手を休めることなく、次から次へと沸いて出る鉄の少女を片っ端から叩き潰していった。
「なかなかやってくれるじゃない。でも、あなたにこの子が倒せるかしら?」
黒巫女は不敵な笑みを浮かべた。
一方で、創始者は鉄の少女の大群を蹴散らしながら、だんだんと黒巫女のいる方へと近付いてきていた。
創始者の目には、無数の鉄の少女を操る邪気が、ある一点の場所から送り出されている様子が手に取る様に見えていた。
そこにいる、中心となる者を叩けば・・・。
創始者は群がる敵を蹴散らしながら、一直線にその場所へ向かっていった。

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「遅かったじゃない。」
黒巫女は待ちくたびれたと言わんばかりの顔をして言った。
その視線の先には、所々が破けた衣服を身に纏い、身体中に幾つもの傷を負った男の姿があった。
「まあ、たった一人でこれだけの鉄人形の相手して死なずに来れたんだから、流石は『片桐流拳術』創始者っていったとこかしら。」
黒巫女は、兵士達に置き去りにされた木の車の上から、創始者を見下ろして言った。
「ごちゃごちゃとうるさい女よ。この場で消し炭にしてくれるわ・・・!!」
創始者は身構えると、赤い炎に包まれた灼熱の気弾を両手から放った。
「あらよっと!」
発射までの間に、黒巫女はそれを軽やかに回避した。
木の車は炎に包まれると同時に、激しい爆音を轟かせて粉々に砕け散った。
「逃がすかぁ!!!」
創始者は、逃げる黒巫女を追う。
「ぐるぐるにゃ〜〜〜!!」
「邪魔だ!!!!」
無数の鉄の少女が黒巫女の盾となる。
そして次の瞬間には、哀れな鉄の残骸が辺りに飛び散っていた。
「あなたもホンっトに無慈悲な人よね〜。あなたを慕っていた子の面影を持つ人形を簡単に壊せるんだから。」
黒巫女は宙を舞いながら創始者に語りかけてきた。
「似ているからこそ、その存在が許せぬのだ・・・!!!」
創始者の拳が、鉄の少女の顔面を正面から打ち砕いた。
「こやつらからは、儂に対する怨の念を感ずる。この人形達には魂が宿っている。貴様、その魂、どこから手に入れた。」
創始者の言葉に、黒巫女は足を止めて振り返った。
「そんなことまで気付いてくれるなんて、ちょっとビックリかな〜♪」
真っ直ぐに向き合う創始者と黒巫女。
二人の周りを、鉄の少女の大群がジワジワと取り囲んでいった。
「この子達の魂は、この国のお殿様が戦を起こした時に滅ぼされた敵国の兵隊さん達の魂よ。つ・ま・り・・・。」
黒巫女は創始者の目をキッと見つめた。
「ここにいるみんなは、この国の傭兵だったあなたに殺された人達って訳。こうしてまたあなたと戦うことになるなんて、運命的よね〜♪」
「なるほどな・・・。儂を恨む者達の魂をそのまま利用したということか。だが・・・。」
創始者は続けて言う。
「この人形の姿形、声、技。その全てを、何故、わざわざあの子に似せる必要があった・・・!!!!」
「ふふふ、それはね・・・。」
黒巫女は、袖を翻すと後ろに隠れていたそれを、創始者に見せ付けた。
そこには、ぱっと見、他とは何ら変わりのない鉄の少女が立っていた。
「さぁ、あなたにこの子を破壊出来るかしら?」
「何度も同じことを・・・!」
「それはどうかしらね? やっておしまい!」
黒巫女の指示に従い、鉄の少女は動き出した。
高速で回転しながら宙を舞い、真っ直ぐに創始者に襲い掛かる。
その動きは、他の鉄の少女達の様にぎこちないものではなく、とても自然な無理のない動きであった。
『!!?』
創始者は咄嗟に防御の姿勢をとった。
鉄の少女は創始者にぶつかると、激しい反動で後方に跳ね飛びながら、綺麗に地面に降り立った。
そしてすぐさま、回転しながら連続の蹴りを放つ。
創始者はそれを上手く受け流すと、その懐に拳を突き上げた。
鉄の少女は、その重量からは考えられない様な動きで、これを後方に跳ね飛び回避した。
創始者もそれを追う様に飛び上がると、その手から追い討ちをかける様に黒い気弾を放つ。
「ぐ〜る〜ん!」
鉄の少女は空中で再び回転をし、創始者の気弾を完全に相殺した。
『この動き・・・、よもや・・・!』
創始者と鉄の少女は同時に着地した。
「貴様・・・! あの子に何をした・・・!!!」
創始者は拳を交えた瞬間に理解した。
この鉄の人形に宿っている魂は、間違いなく、あの、大山猫に育てられた少女のものであるということを。
黒巫女はその光景を楽しげに眺めていた。
「ちょっと遠隔操作の中心核になってもらったのよ。」
黒巫女は言う。
「操作って言っても適当に攻撃したりする様に指示するだけだから、私は殆ど何もしてない訳。」
黒巫女は更に続ける。
「実際には人形は自分本来の戦闘方法で戦ってるの。植えつけた魂自身のね。でも、雑魚は幾ら集めたところで雑魚。」
黒巫女は無数の鉄の少女達を見渡して言った。
この人形達には、無数の名も知られることもなく死んでいった兵士達の魂が宿っている。
「だ・か・ら、有能な人間の身体と魂を原型にして、同じ型の人形を量産するのよ。雑魚の魂も、有能な魂を中心核にして操ればそこそこ使い物になるからね☆」
黒巫女は、人の魂を完全に道具として扱っていた。
「さ〜て、この子の魂が宿った人形をあなたに壊すことが出来るかしら♪」
黒巫女の言葉に、創始者は静かに返した。
「決まっておろう・・・。」
創始者は拳を構えると、ゆっくりと鉄の少女のもとへ歩み寄っていった。
「な、何。やろうっての!?」
黒巫女は少々戸惑った。
そうこうしている内に、創始者の歩みは、猛然と速度を上げて攻撃態勢へと移行していた。
『くっ、回避しなさい・・・!』
黒巫女は鉄の少女に念を送った。
邪気に支配されている状態ならば、これで簡単に身体を操作出来るはずであった。
しかし・・・。
『動かない!!?』
鉄の少女は全く動こうとしなかった。
そして、その身体を創始者の拳による一撃が貫き、次の瞬間にはバラバラに砕け散っていた。
『お主の魂の苦しみ、確かに伝わっていたぞ・・・・・・』
創始者の拳からは赤い血が流れ出ていた。
『さあ、もう逝っても良い。お主を縛るものは、儂が破壊した。』
その時、何かが身体を突き抜けて天に昇っていく感覚を、創始者は確かに感じ取った。
そして、後には魂の抜けた様な鉄の塊が、バラバラと辺りに散らばっていた。
「くぅうう〜〜! こうなったら私自ら、きゃっ!!!」
突然、黒巫女が悲鳴を上げた。
創始者が目を向けると、黒巫女は操っていたはずの鉄の少女達に襲われていた。
『どういうこと!? 確かに操作の中心核は壊されたけど、こいつらはアイツのことを憎んでいるはず・・・! なのに何故、何故私に・・・!!? まさか!!!?』
黒巫女は、今の自分の立場を思い出した。
自分は一応、今はこの国の主に仕えていることになっている。
鉄の少女に宿らせた魂は、この国との戦で敗れた国の兵士達のもの。
つまり、死んだ兵士達の魂からしてみれば黒巫女も攻撃の対象に当てはまるということになる。
黒巫女の操作から解放された今、兵士達の魂は鉄の少女の身体を使って、それぞれの怨念を形にしようとしていた。
復讐という形で。

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その頃、城の方でもあちらこちらで騒ぎが起きていた。
城の地下に保管されていた大量の鉄の少女も、中心核の喪失によって勝手に行動を始めていた。
その魂達の望むことは、生前には叶うことのなかった、敵城の崩落。
そして、城主の首を討ち取ることである。
鉄の少女達は地下から床を突き破ると、続々と城の内部へと侵入してきた。
城の警備兵がどんなに束になってかかっても、その進撃を食い止めることは出来なかった。
『ギギギギ・・・』
鉄の少女が、更に上の階へ上ろうと手を伸ばした時、激しい衝撃波がその身体を吹き飛ばした。
下の階に突き落とされた鉄の少女は頭上を見上げた。
そこには、木刀を構える娘と、その姉の姿があった。
「ここから先は通す訳には参りません。」
「警告ですよ? 無視したら容赦なくぶっ飛ばしますですよ?」
この状況で、言葉による情報の伝達には何の意味もなかった。
鉄の破片を撒き散らしながら、城内でも戦闘が開始された。
二人は目の前の敵を何とか足止めすることは出来たが、余りにも数が違い過ぎた。
城内での争いをよそに、外壁を登っていく者も何体か現れた。
「姉さん、ここは頼みます!!」
妹は叫ぶと、城の上階へと駆け上っていった。
そして外壁を登る鉄の少女の先回りをすると、窓から凄まじい勢いで木刀を降り抜いた。
衝撃波となった剣風が、鉄の少女を壁から突き落としていく。
『ベキベキ・・!』
突然、背後から床板が剥がれる音がした。
木刀を後方に振り払うのと同時に鉄の腕が両断され、重い身体が妹を押し倒した。
妹は窓際の壁に押し付けられて、そのまま壁諸共、城の外へと放り出された。
妹は咄嗟に屋根の縁を掴んで宙にぶら下がった。
その足には、鉄の少女がしっかりとしがみ付いていた。
それを振り払おうと、妹は木刀を持つ手を振ろうとした、その瞬間であった。
城は、『メキメキ』と大きな音を立てて傾き始めた。
城内に鉄の少女が多量に入り込んだために、城の重心が大きく偏ってしまったのだ。
妹の身体は壁から大きく引き離され、城内に戻るのはより困難な状態になった。
ふと下を見ると、傾いた城壁に次々と穴が開いて、そこから鉄の少女達が転がり落ちていく様子が見えた。
「ぐるぐる〜ん!」
「ぐ〜る〜ん!」
鉄の少女達は落下の瞬間に回転しながら上方へ向かおうとした。
屋根の縁にぶら下がる妹と、その足にしがみ付く鉄の少女に飛び付こうとしているのである。
しかし、何体かはその願いを叶えることなく、地面へと落下し、石畳に打たれて無残にバラバラに砕け散った。
だが何体かはぶら下がる二人にまで到達し、そこにしがみ付くことに成功した。
ぶら下がる者の数が増える程、標的が大きくなるので飛びつきやすくなる。
鉄の少女達は次から次へと妹の身体に飛びついていき、まるで葡萄の房の様にぶら下がった。
こうして、重心は妹の掴む屋根の縁へと移行した。
城は、前よりも更に大きな音を立てて傾こうとしていた。
『ボキッ・・!!』
屋根の縁が折れ、妹の手が城から離れた。
落ちる瞬間に、その手を、姉の手が強靭な握力で繋ぎ止めた。
「姉さん!!?」
「大丈夫ですか、しっかりしてくださいです!」
姉は妹の手をしっかりと握り締めていたが、それにも限界があった。
姉が手を離すことはない。
しかし大量の鉄の少女がぶら下がっている状態では、城の強度の方に問題があった。
妹は木刀で振り払うことを試みるも、身体中に鉄の少女がしがみ付いている状態では、下方を攻撃することが不可能であった。
腕を下に振り下ろすことが出来ないのだから。
『!?』
窮地の妹の顔を、突然赤い光が照らし出した。
城の周りで火の手が上がった様である。
城内で暴走する鉄の少女達が、自らの身体を製造するのに使われた溶鉱炉を破壊したためであろう。
融けた鉄は大きな流れとなって、城の真下に真っ赤な大河を作り上げた。
もし落ちれば、生きて帰ることは不可能である。
「姉さん、この手を離してください!!」
妹は叫んだ。
姉の足元は『ギシギシ』と音を立てており、今にも崩れそうな状態であった。
このままいけば、城諸共、熔解した鉄の中に転覆してしまう恐れある。
確実にそうなると言ってしまっても良い位だ。
「私は諦めませんよ。」
姉は言った。
周りに熔解した鉄から立ち上った白い蒸気が立ち込める。
「絶対にこの手は離しませんからね。私達、姉妹じゃないですか。死ぬ時は一緒ですよ♪」
言葉の内容は重かったが、その口調は極めて軽いものだった。
その雰囲気が、妹の気分を少しだけ楽にしてくれた。
「ありがとう、姉さん・・・。」
妹は姉の顔を見上げた。
「でも、私は姉さんにこんな風に死んでほしくはありません・・・! 姉さんにはもっと幸せになってもらいたい、もっと生きてほしいのです!!」
妹は木刀を構えた。
「な、何をするつもりですか!?」
姉は困惑の表情を浮かべた。
「さようなら・・・、姉さん。」
一瞬のことであった。
振り抜かれた木刀は、姉にしっかりと掴まれた妹自身の腕を切断した。
妹の目には、見る見るうちに遠ざかっていく姉の姿が映し出された。
『もっと・・・、姉さんと同じ時間を過ごしたかった・・・・・・』
妹の姿は、無数の鉄の少女達と共に、熔解した鉄から発する白い蒸気の中へと消えていった。
そして、姉の手には、残された妹の左腕だけが握り締められていた。
「○Д×〜△××▼◎Д〜ーーーー!!!!!!」
姉は、言葉にならない声で妹の名を叫んだ。
傷ましい叫び声は、火の手が回りつつある城に、悲しく響き渡った。

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一方、山の麓で戦いを繰り広げていた創始者と黒巫女は、互いに暴走した鉄の少女の大群を相手に苦戦していた。
「雑魚の分際で生意気な!!!!」
黒巫女は刀を抜くと、多数の敵を一撃にして斬り捨てた。
更に刀を鞘に収める前に、背後から迫ってきた敵の軍勢にもう一撃を見舞った。
鉄の少女達の首が飛び、胴が割れ、腕や足が崩れ落ちた。
しかし、これが黒巫女に残された最後の力であった。
『何・・・!? 身体が動かない!!』
突如として、黒巫女の動きが止まった。
『せっかく闇の力を与えてやったというのに、お前の肉体はもう限界みたいね。』
黒巫女の頭の中に謎の声が響く。
『この声・・・、前にも確か・・・・・・。』
黒巫女は記憶の糸を手繰り寄せた。
確かに自分は、以前にこれと同じ声を聞いたことがあった。
いつのことだったか。
その時、自分は誰かと戦っていた様に記憶している。
その相手は異常なまでに大量の邪気を放出しており、自分は最後に、その邪気に当てられて・・・。
『ドゴッ!!』
そこまで思い出した時、激しい衝撃が黒巫女の腹部を襲った。
身動きの取れない黒巫女に、鉄の少女達が一斉に攻撃を開始したのだ。
じわじわと与えられる苦痛の中、黒巫女は徐々にかつての記憶を取り戻していった。
自分は都を霊的に守ってきた一族であった。
だが、凄まじい邪気を秘めた災厄の化身との戦いに敗れ、その邪気に当てられ、闇に取り込まれて操られてしまった。
『もう、お前には飽きちゃった。さっき他に面白そうなオモチャを見つけたから、もう死んでいいよ☆』
今まで自分は、数多の死者の亡霊を道具の様に操ってきたが、その自分も実は、道具として操られていたに過ぎなかったのだ。
黒巫女の体内に篭っていた邪気が、彼女の動揺に刺激されて身体から溢れ出そうとしていた。
だが、自分にとって大切な存在であった少女を失った創始者には、そんなことは関係なかった。
「くたばれ・・・!!」
創始者は宙に飛び上がると、そこから黒巫女を目掛けて、黒い気弾を嵐の様に降り注いだ。
『ヴォボボボボボボボボボボボボ!!!!』
「ぁあああああああああああああ!!!!」
悲鳴は爆音に掻き消され、爆音も悲鳴に掻き消される。
悲惨な音色は互いを潰しあうことによって混沌となり、地獄絵図をより一層惨たらしいものに奏でた。
「まだこの程度では終わらせんぞ・・・!」
創始者の身体が紅い光を纏い、その手の中に紅い気が送り込まれていく。
「はぁあああああ!!!!」
創始者の手から放たれた灼熱の気弾は、周囲を取り囲む鉄の少女諸共、黒巫女の身体を業火に包み込んだ。
「うぁあああ!! あぁああああああああ!!!!」
凄まじい気の流れに圧倒されて、黒巫女の体内から大量の邪気が押し出されていく。
邪気は黒巫女の身体から完全に抜け切ると発火し、瞬く間に燃え広がった。
「とどめだ・・・!!!」
創始者は構えた。
『ガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!』
突然、無数の小さな鉄の玉が創始者を襲った。
創始者は咄嗟に防御したが、間に合わなかった。
小さな鉄の玉は創始者の身体の至る所に命中し、その肉を抉って体内に入り込んだ。
それは西洋から伝わった武器、『鉄砲』の弾丸であった。
創始者は後方へよろめき、膝を着いた。
「何者だ・・・!!」
創始者は弾丸の放たれた方向に叫んだ。
砂煙と爆煙の向こうに黒い人影が見えた。
それは、炎に煽られてユラユラと揺れ動いている。
「まったく、何処に行ったのかと思っていたら、こんな所で邪気に当てられ操られておりましたのね。」
煙の中から人影が姿を現した。
まだ若い女だ。
見慣れない衣服を着ている。
その形からして西洋の衣装であると考えられる。
そしてその肩には、幾つもの銃口を構えた巨大な銃が担がれていた。
恐らくは、彼女自身の手による改造の結果であろう。
本来ならば単発式の銃なのだが、この改造によって無数の弾丸を同時連続的に発射出来る様になっていた。
女は炎の中で倒れている黒巫女に近付くと、その身体を抱き起こし、炎を振り払った。
黒巫女は邪気が抜け切っており、もはや黒くはなくなっていた。
女は巫女を抱いたまま、創始者に背を向けて歩き出した。
「逃さん・・・!!!!」
創始者はその後を追った。
女はクルリと振り返ると、創始者に巨大な銃を構えた。
「死になさい!!」
女に担がれた銃が火を噴いた。
普段なら、これ位の弾丸を回避することは造作もなかった。
しかしこの時、創始者の身体の中に突き刺さった弾丸は、その動きを半分近く制限していた。
加えて、先程の鉄の少女達との戦いでも少なからず体力の消耗はしていた。
避けることは出来ない。
最善策は、全ての弾丸を防御し、受け切ることである。
『ガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!』
無数の弾丸が地を抉り、創始者の身体に直撃する。
創始者は防御の姿勢をとっていたが、それも完璧ではなかった。
創始者はジワジワと体力を削られていく。
「おーほっほっほっほっほっほっ!!!!!」
女の甲高い笑い声が焼け野原に木霊する。
粉塵が舞い、炎が揺れ、煙が視界を遮り、攻撃の手が止んだ時には、女と巫女の姿はその場から消え去っていた。
「逃がしたか・・・」
創始者は、怒りと痛み、悲しみ、苦しみの渦の中で呟いた。
「ギギ・・、にゃ〜〜〜・・・。」
先程までの銃撃により、接近することの出来なかった鉄の少女達が、再び集まってきた。
同志の残骸を踏みしめて、創始者への復讐を果たそうと、一歩、また一歩。
「まだ儂に挑もうというのか・・・、全くもって無駄なことを・・・。」
それが、この世に縛られた無念の亡霊達のやるべき行為であった。
「すぐ楽にしてやる・・・。」
創始者にも、まだやらねばならないことがあった。
「ぐるぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!」
創始者は狂った様に咆哮を上げた。

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『ドゴッ!!!』
激しい衝撃を受け、姉は城の柱に叩きつけられた。
その胸には、妹の左腕がしっかりと抱きしめられていた。
城の倒壊は免れたものの、城内にはまだかなりの数の鉄の少女がいる。
掴んでは投げ、掴んでは投げ、それを何度繰り返したことだろう。
妹を失った姉は、精神も、肉体も、共に朽ち果てようとしていた。
『ごめんね・・・、私、もう生きられそうにないです・・・。』
姉は心の中で妹に謝罪した。
ぼやける視線の先に、こちらに向かって飛びかかってくる鉄の少女達が映る。
『私はやっぱり駄目なお姉さんですね・・・。』
薄っすらと、その目は潤いを漂わせた。
『守ってあげることも、一緒に死ぬことも、期待に応えることも・・・、何にも出来なかったんですから・・・。』
鉄の少女達が目の前にまで迫ってくる。
姉は固く閉ざしていた腕を開いた。
胸の中に抱かれた妹の左腕が、姉の目にジワリと映し出された。
『もう・・・、すぐに逝きますからね・・・♪』
悲しみもあったが、嬉しかった。
『いけません!!!!』
『え・・・?』
突然、姉の頭に妹の叫び声が響いた。
次の瞬間、姉の胸にあった妹の左腕が光り輝き、消滅すると共に激しい閃光を放った。
「ぎにゃにゃにゃーーーー!!!」
姉に襲いかかった鉄の少女達は皆、一斉にその閃光に弾かれて吹き飛ばされた。
そして、城の下を流れる熔解した鉄の中へと落下していった。
同時に、熔解した鉄の発する白い蒸気の間から、こちらに向かって飛び上がってくるものがあった。
それは光であった。
丸い、光の玉。
姉の目にそれが映った時、姉は感じた。
そこに、妹がいると。
姉は戸惑うことなく、その光の中へと身を投げた。
その肉体は光の中へと埋もれ、光もその身体に浸透していく。
そして、二つの魂は一つになった。
眩い光が消えた時、そこには姉の姿しかなかった。
傍から見た目にはそうであった。
城の下方から、再び鉄の少女が湧き出してくる。
姉だった肉体をもつ娘は手刀を構えた。
そして、敵陣の中心部へと真っ直ぐに飛び込んでいった。
掴み、投げ、切り捨てる。
何時までも続く様に思われた鉄の少女の進撃が止んだ。

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「何ということだ・・・!」
城主は頭を抱えて言った。
一人の傭兵に全ての軍事を任せることに恐れを覚え、それを始末し、より安定した力を得るために、黒巫女を雇い、鉄の少女の軍勢を造った。
しかし、その鉄の少女達の暴走により城は崩落寸前。
天下の統一など程遠いものとなってしまった。
「うっ・・・・」
許嫁の少女が苦しそうに呻き声を上げる。
『どうすれば・・・、一体、どうすれば良いのだ・・・!』
『お前自身が力を持てばいいのよ。』
突然、頭の中に聞き覚えのない声が響く。
『お前に力をあげる。それをどう使うかはお前の自由・・・。』
『力・・・、全てを捻じ伏せ支配する、圧倒的な力・・・・・・』
城主の意識は遠のいていった。
『さあ、受け取りなさい・・・!』
一瞬にして、城は強大な邪気に飲み込まれた。
黒巫女のものよりも遥かに大きくて強い、禍々しい邪気である。
「ぬぁあああああああああ・・・!!」
大量の邪気は渦を描きながら、城主の身体の中へと進入していく。
そして、傍に横たわる許嫁の少女へも。
「素晴らしい・・・、これだけの力があれば天下の支配など・・・」
言いかけて、城主は口を噤んだ。
『いや・・・、まだ奴が残っている・・・。』
城主は城の外を眺めた。
遠方の山の麓で、火の手が上がっているのが見える。
『あそこか・・・。』
城主は城の最上階から飛び降りた。
白い着物を棚引かせ、熔解した鉄の流れの上方を飛び越えて、そのまま城下町へと着地した。
城下町は城から流出した鉄の少女達の攻撃の煽りを受けて、既に火の海となっていた。
「ぐにゃ〜〜・・・。」
「きにゃ〜〜〜ん・・・。」
赤々と燃え上がる家の陰から、鉄の少女達が姿を現した。
「砕け散れ・・・!!!!」

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二人の男は、互いに倒すべき存在として引き寄せられていった。
彼らの通った後には無残な鉄の残骸が散らばり、灼熱の炎が紅く燃え上がる道を作り出していた。
真っ直ぐに歩んでいた二人の足取りが止まる。
一面の焼け野原に佇む、二人の男。
互いの目に、互いの姿が映し見える。
長い髪を馬の尾の様に束ねた、傷だらけの男。
白い雪の様な着物を身に纏う、邪気にまみれた男。
二人の男は互いを確認すると、そのまま戦闘態勢に入った。
話すことは何もない。
辺りの炎は勢いを増していく。
大地を蹴ったのは同時だった。
両者の間合いが急速に縮まる。
男は拳を構え、男は爪を光らせた。
そして二人は炎の中で・・・。

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数日後、城の者達が火の手の治まった戦いの跡地を調べにやってきた。
よほど激しい炎であったのだろう。
現場には何も残されていなかった。
城主の遺体も、『片桐流拳術』創始者も。
恐らくは両者とも、既にこの世からいなくなったものと考えられる。
しかし、城主の死が確認出来なければ、新しい城主を決めることも出来ない。
城の者達は肩を落として帰還した。
そんな中、城主の許嫁から、城の者達に招集がかかった。
城の者達は、何故今更、何の権力も失った小娘の命令に従わなければならないのかと思いつつも、その指示に従った。
許嫁の少女は城の者達を見渡す。
「皆さん、次期城主の確定に躍起になっていらっしゃる様ですが、その必要は全くありません。」
少女は力強い口調でいった。
以前の病的だった面影が感じられない。
「それはどういうことです?」
家臣が訊ねる。
「私の腹には、前城主の赤子が宿っております。次期城主を選ぶのであれば、この子がその地位に着くのが筋なのではないですか。」
ザワザワと家臣達は騒いだ。
「しかし、その子供が男児でなければ城主として迎える訳には・・・。」
「この子は男の子です。私には分かります。」
少女はキッパリと言う。
「宜しいでしょう、では、その子が御産まれになって、大きくなられるまではこの私が・・・」
家老が言った。
同時に、白い気弾が家老の首を掠めた。
それは少女の手から放たれたものであった。
家老の首に冷や汗が滴る。
「あなたは、子供が大きくなる前に暗殺をしようと企んでいますね・・・。」
少女は冷めた口調で言った。
あの時、城主が闇に取り込まれた時、その余波を受けて少女の中で『力』が覚醒していた。
その『力』は病気の進行を抑えもしたが、邪気まみれの危うい力でもあった。
「私にはあなた達の心の中が読み取れます。謀反など、考えないでくださいね。」
少女の言葉に、ガクガクと震えている者が何人かいた。
「ち、畜生ーーーー!!!」
数人の者が刀を抜いて襲い掛かってきた。
『ズバッ!!』
その者達の首が瞬時に跳ね飛んだ。
少女の前には、立ち塞がる壁の様に、手刀を構えた娘が立っていた。
「あの方から受け継がれた命、この身に代えてもお守り致します・・・のです。」

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一方、城の地下牢に捕らわれていた『片桐流拳術』の使い手である女は、鉄の少女の暴走の際に牢を破壊され、脱出に成功していた。
そして逃走の途中で、あるものを発見した。
赤ん坊だ。
それも丁寧に布で包まれていた。
しかし、何故この様な場所に。
女は赤ん坊を抱き上げた。
その時女は、この赤ん坊が誰かに似ていることに気付いた。
それは、師範が可愛がっていた大山猫に育てられた少女であった。
辺りを見渡すと、そこいら中に鉄の少女の設計図と思われる紙と、白い骨が散らかっていた。
それは人間の骨であった。
女は全てを理解した。
この場所で、大山猫に育てられた少女は殺された。
あの鉄の少女の原型として、バラバラに解体されて、身体の仕組みを隅々まで調べられてしまったのだ。
この子は、その時に腹の中から取り出されたのであろう。
女の目から涙が溢れ出した。
余りにも惨過ぎる。
「おにゃ〜〜〜!」
赤ん坊が泣き声を上げた。
女は赤ん坊を抱きしめる。
今度こそは、この子を守ってみせる。
女は赤ん坊を連れて旅に出た。
赤いクセッ毛の外はねを風に靡かせて。

それにしても、赤ん坊に丁寧に布を巻いたのは、一体誰だったのであろう。
その時、現場にいたのは実行犯である黒巫女だけだったと思われる。
どんなに闇に支配されても、人はどこかに慈悲の心を残している、ということなのだろうか。

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「がうがう! がるるる〜、がお〜!」
同じ頃、女の手紙を創始者に渡す使いを頼まれたクマの縫いぐるみは、本来の主のもとへ帰ってきていた。
まるで幼い少女の様な人形師に対して、クマの縫いぐるみは言ったという。
『あんな危険な仕事はもうお断りだ! 三度も願いを聞き入れていたら身体が持たんわ!』
無論、その言葉は人間の言葉ではないのだが、何故かその人形師には通じているらしい。

もし、城主が最初の計画通りに、彼女に鉄の熊を生産させていれば、この結末も変わってきたのだろうか。
その答えは、誰にも知る術がない。

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全てを終えて・・・。
この出来事が歴史に名を残すことはなかったが、その情報の幾つかは、確かに現代にも伝えられている。
『片桐流拳術』。
その創始者が、その時に死んでしまったのかどうかは、今になっても謎のままとなっている。
しかし、この流派が時代の波に飲み込まれて消えてしまうことはなかった。
彼の血を受け継ぐ者、そしてその仲間達によって、それは現代まで伝えられているという。

また、鉄の少女の設計図は、少女の遺骨と共に、女が赤ん坊を連れて旅に出る際に持っていったと言われている。
その目的は設計図の二次利用者の発生を防ぐためだと考えられている。
しかし、その後、その設計図が何処へいったのかは定かではない。
大山猫に育てられた少女の末裔がこれを受け継いできているというのが、今のところの最も有力な説である。

更には、当時、城に潜伏していた諜報員によって、鉄の少女の設計図は複製されて外部へ持ち出されたという噂がある。
現在、その設計図は、とある諜報活動を専門とする組織の保管庫の奥に眠っているとされている。
その組織自体が非常に謎の多い組織なので情報の信頼性は怪しいが、それが歴史の闇というものなのだ。

歴史は繰り返す。
再び、この惨劇が繰り返される日は来るのだろうか。
そうはならないことを祈ろう。
彼らは希望を子供に託し、その結果として今があるのだから。

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〜終〜